こんにちは。
はるき ゆかです。
昨日の夜、小川洋子著「ことり」を読み終わりました。
この世の片隅でひっそりと暮らす兄弟の物語です。
常識にとらわれず生きることの幸せと、一般的な幸せからの偏見について考えさせられました。
「ことり」 あらすじ
人間の言葉は話せないけれど、小鳥のさえずりを理解する兄と、兄の言葉を唯一わかる弟。二人は支えあってひっそりと生きていく。やがて兄は亡くなり、弟は「小鳥の小父さん」と人々に呼ばれて……。慎み深い兄弟の一生を描く、優しく切ない、著者会心作。
朝日文庫「ことり」裏表紙より引用
平成24年度芸術選奨文部科学大臣賞(文学部門)受賞作品です。
一般的な幸せの偏見
主人公は「小鳥の小父さん」。
物語は、この小鳥の小父さんの死から始まります。
小鳥の小父さんと名付けたのは、小父さんがボランティアで小鳥の世話をしている、かつて孤児院だった幼稚園の園児たちでした。
小父さんには、7つ年上の兄がいて、彼は11歳のときから、突然、人の言葉を話すことが出来なくなりました。
ポーポー語という小鳥の言葉を話します。
そして、その言葉を理解できるのは、弟である小父さんだけ。
両親も、学校の先生も近所の人も、誰もお兄さんが何を話しているのかわからないのです。
お母さんは、とても心配して、様々な「治療」をお兄さんに受けさせますが、全く効果がありませんでした。
ある日、お母さんは、高名な大学の言語学の教授の元にお兄さんを連れて行きます。
お兄さんが話す言葉が、どこかの国の言葉なのかもしれないとお母さんは思ったのです。
しかし、「これは言語ではない」と一蹴されます。
11歳までは、普通に読み書きを勉強していたお兄さんが突然、意味の分からない言葉を話し始めたら、母親としてはすごく心配になるのは当たり前です。
しかし、お母さんはいつしかそれがお兄さんにとって自然なことなのだと思うようになったようです。
外の世界と触れ合わせるために、兄弟二人で、週に一度、水曜日に「青空薬局」に棒付きキャンディーを買いに行かせます。
これは、兄弟が大人になってからも続く習慣となりました。
兄弟はとても仲が良く、小鳥が大好きでした。
そして、二人が大人になった頃、お母さんは血液の難しい病気で亡くなり、お父さんは後を追うように海で溺れて亡くなってしまいます。
小父さんは、家の近くの金属加工会社のゲストハウスの管理人の仕事を始めます。
お兄さんはお留守番。
二人は規則正しく、仲良く、小鳥を愛し、とても静謐に生きています。
二人はひっそりと幸せに暮らしていますが、世間でいうところの「普通の生活」とは異なっていると言えるかもしれません。
しかし、二人は誰にも迷惑をかけてはいないのです。
年をとっていて未婚の一人暮らし
お兄さんは、52歳のときに、幼稚園の鳥小屋の前の金網の前で心臓マヒで亡くなります。
そして、小父さんは一人になってしまいます。
本書の中ではっきりと書かれてはいませんが、近所の人たちはこの「小鳥の小父さん」のことをいろいろと噂しているようです。
小父さんは奉仕活動として幼稚園の鳥小屋の掃除をしているのですが、父兄からは評判があまりよくないようです。
しかし、園長先生が理解のある方で、鳥好きの小父さんにお掃除を自由にさせてくれています。
園児たちが登園してくる前に、掃除をして帰っていくだけなのですが…。
そして、ある日、小さな子供の連れ去り事件が起こり、その犯人が小鳥の小父さんなのではないかと近所の人や父兄が疑い始めます。
「小鳥の小父さん」は別の意味の「ことり(子とり)の小父さん」と言われるようになってしまいます…。
45歳で未婚で一人暮らしの小父さん。
一般的には、結婚して子供もいるのが普通の年齢かもしれません。
そして、ボランティアで鳥小屋の掃除をするなんて、他に何か目的があるのではないか…と思われてしまうこともあるのかもしれませんが、小父さんには下心など全くないと思います。
ただ、お兄さんとの思い出の幼稚園の鳥小屋を美しい状態で、小鳥たちが快適に過ごせるようにしたいだけなのです。
また、鳥の本が好きな小父さんは図書館通いが習慣になっています。
そこに、愛想のいい図書館司書の若い女性がいて、少し言葉を交わすようになれたことが小父さんは、ただうれしかっただけのようですが、いつしかその女性にも避けられてしまいます。
小父さんが勤めるゲストハウスにその女性を招いたことを、誰かに見られていたようです。
小父さんは、そのことを誰にも言っていないのに、会社から「勝手に会社の備品を使用した」として、始末書を書かされるのです。
未婚で独身のおじさんが、若い女性に付きまとっていると、世間からは見えるようです…。
このエピソードを読んで、思い出したことがあります。
私の家の近所にも、40代後半で独身の男性Aさんが住んでいます。
夜勤のある仕事をされているので、夜に出かけて朝帰って来たり、深夜に出かけてお昼頃に帰って来ることもあります。
とても礼儀正しくて、優しい人だということを、生まれてからずっとここに住んでいる私は知っています。
しかし、最近引っ越して来られた方は、Aさんが怪しく感じて仕方がないようでした。
ある日、女子大生のお嬢さんがいるお家が、下着泥棒の被害にあったそうです。
誰も目撃したわけでもないのに、Aさんが犯人なのでは?と疑われていました。
複数回の被害があったようで、警察にも届けられ、「Aさんが犯人だと思う」とまで言ったらしく…。
結局、犯人は少し遠くの町に住む男だったことが後日わかりましたが、ご近所で一度立った噂は、なかなか消えず、いつまでも、Aさんは疑われていました。
一人暮らしの中年男性だからと言って、こんなひどい偏見はないと思います。
しかし、小鳥の小父さんと同じように、世間から見れば、40代後半の独身で一人暮らしの男性は、「普通」ではないのです。
普通じゃなくて、なぜ悪いのでしょうか…。
普通って一体何なんでしょうか…。
最後に
小川洋子著「ことり」の感想でした。
改めて、偏見や「普通」について考えてしまいました。
ひっそりと誰にも迷惑を掛けず生きているだけなのに…。
世間一般の「普通」に嵌め込まれなかった小父さんの一生は、幸せだったと思いたいです。