『工場』感想 著者 小山田浩子|ブラックユーモアと不条理の世界

こんにちは。

はるき ゆかです。

 

昨日、小山田浩子著『工場』を読み終わりました。

本書は、小山田氏のデビュー作で新潮新人賞を受賞した「工場」「ディスカス忌」「いこぼれのむし」の三作品の短編集です。

ユーモアと居心地の悪いぞわぞわ感が混在した小説集です。

工場

『工場』の舞台は、大河に架かる大きな橋「工場大橋」を挟んで南北に存在するほどの巨大工場です。

この土地に暮らしていると常にその影響を受けており、昔からこの土地に住んでいる者なら一族に工場関係者や工場の子会社の関係者が必ずいるというほどの工場です。

工場内は、まるで一つの街のような構造で、住宅街、マンション、スーパーから、ボーリング場、カラオケ、釣り堀などの遊興施設、ホテル、レストラン、ステーキハウス、ラーメン屋、ステーキハウス、ハンバーガーのチェーン店もあり、フレンチ、イタリアン、寿司、鉄板焼などはホテルのテナントに入っています。

また、郵便局や銀行、旅行代理店、書店、眼鏡屋、理美容室、電気店、ガソリンスタンドなどもあります。

 

工場の中には専用のバスが走っていて、工場内から一歩も出ずとも、生活が出来てしまいます。

この工場にのみ生息する「灰色ヌートリア」や「工場う」と呼ばれる黒い鳥、「洗濯機とかげ」までいて…。

 

しかし、工場では「何を作っているのかわからない」…。

 

物語は、主にこの工場で働く3人の視点から描かれていきます。

一人目は、牛山佳子。

この工場がハローワークの求人に出していた「正社員募集若干名。大卒以上」という条件の仕事に応募したのですが、面接時にいつのまにか契約社員を勧められ、「シュレッダーによる書類の粉砕」という仕事を与えられることになります。

契約社員のシュレッダー要員…牛山佳子は一瞬逡巡しますが、働けるだけ儲けものとばかりにこの申し出を受けることにします。

 

二人目は、春に正社員として入社する大学院でコケの分類学を学んでいた古笛。(古笛が春に正社員として入社することを覚えておくと怖さ倍増)

工場の屋上緑化計画のために雇われるのですが、上司もいないたった一人だけの課に配属され、いつまでにどのような仕事をすれば良いのかを聞いても、「古笛さんのペースで、できる範囲で」と曖昧な返答を繰り返されるばかりです。

さらに、彼は、賃金も良く、研究室兼住居まで与えられるのです。

古笛の初仕事は「コケかんさつかい」で、工場の従業員の子供を相手に行うコケ観察会でした…。

 

三人目は、佳子の兄。

元々は正社員でシステムエンジニアをやっていたのですが、突然のリストラにあい、恋人が派遣会社の営業であったため、この工場での仕事を紹介されることになります。

仕事は印刷物の校閲の仕事。

しかし、特に期限もなく、さして重要な書類とも言い難いものを毎日赤ペンで校正していく仕事でした。

三人が三人とも、工場にとって、特に重要な仕事をしているわけではなく、周囲とのコミュニケーションもさほどないということから、この三人が突然いなくなっても誰にも何にも影響を及ぼさない…。

この三人を象徴するものとは?

 

この『工場』という短編の一行目

工場は灰色で、地下室のドアを開けると鳥の匂いがした。

が、最後の一行で回収されているのだと思います。

 

おそらく、好き嫌いがわかれる小説です。

同著者の『穴』の感想でも書きましたが、『穴』は阿部公房の小説が連想され、この『工場』においては、フランツ・カフカの『変身』を連想しました。

しかし、やはり、それとも少し違うような…。

「工場う」はどこから来て、どこへ行くのか…読み進めて行くうちに(または再読したら)、とても怖い現実が目の前に現れてきます。

同小説は、「不条理」な世界であることは確かで、著者の意図を正しく理解するのはなかなかに難しいと思いました。

しかし、ところどころにブラックユーモアが溢れており、とても面白かったです。

内容的に「面白い」と言ってしまうと、不謹慎かもしれませんが…。

うーん…不謹慎というのもちょっとちがうか。

 

あと、牛山佳子を面接した印刷課分室の「後藤」と古笛のお世話係?の広報企画課の「後藤」。

どちらも同じ後藤ですが、おそらく同一人物なのではないかと思います。

読み始めは「あれ?」と思いますが、読み進めて行くうちに「そういうことか」と納得するとともに、ちょっと怖くもなります。

 

本書は注意深く読んでいると、いろいろなところに伏線がはられていたり、『工場』と『いこぼれのむし』がちょっとしたところで繋がっている部分があったり…そういうところもおもしろいです。

『穴』と同様、改行が少なく活字に追い詰められる感じも、私は好きです。

ディスカス忌

『ディスカス忌』は24ページほどの短編です。

これは、『穴』の『いたちなく』『ゆきの宿』の少し前の物語です。

主な登場人物は三作品とも同じなので、併せて読むとさらにおもしろいと思います。

 

しかし、この『ディスカス忌』はとても怖い話です。

はっきりとは書かれてはいませんが、様々に想像力をかきたてられ、ある意味、読者が勝手に怖がれる小説です。

 

また、文体が少し昔の小説を読んでいるようで、それも楽しさの一つです。

いこぼれのむし

『いこぼれのむし』は、虫が嫌いな人はかなり読むのが苦痛になりそうな小説です。

 

主題としては、『工場』と同様の会社組織での話です。

女子社員のヒエラルキー的なものが描かれています。

 

会社組織で働いたことがある人なら誰でもわかると思いますが、女子社員は「明るくて若くて美人」「美人で仕事が出来る」「仕事が出来る」「不美人で仕事が出来ない」「非正規雇用」という順番でしょうか。

 

『いこぼれのむし』には、幼虫や虫の描写がたくさん出てきます。

私も、虫は苦手なので、心の中で何度も「ヒィー」と言いながら読みました。

小説自体はとてもおもしろいですし、本書の三作品の中では最も身近なテーマ(虫を除いて)でした。

最後に

小山田浩子著『工場』の感想でした。

本書は、『穴』と同様、再読したい一冊となりました。

おそらく、一度二度と読み重ねていくうちに、さらに多くの伏線の回収が出来そうです。

不条理、シュールな小説が好きな方におすすめです。