「凍りのくじら」読書感想 著者 辻村深月|ドラえもんの秘密道具と共に

こんにちは。

はるき ゆかです。

 

昨日の夜、辻村深月著「凍りのクジラ」読み終わりました。

『ドラえもん』の中に出てくる「秘密道具」と共に、物語が進みます。

切なくて、不安で、そして、最後にはホッと心が温まる物語です。

未読の方は、ネタバレご注意ください。

「凍りのクジラ」 あらすじ

藤子・F・不二雄を「先生」と呼び、その作品を愛する父が失踪して5年。高校生の理帆子は、夏の図書館で「写真を撮らせてほしい」と言う一人の青年に出会う。戸惑いつつも、他とは違う内面を見せていく理帆子。そして同じ頃に始まった不思議な警告。皆が愛する素敵な”道具”が私たちを照らすとき__。

[引用元]講談社文庫「凍りのくじら」裏表紙より

芦沢理帆子 17歳 少し・不在

主人公の芦沢理帆子は、県内一の進学校・F高校の二年生です。

読書家で、美しい容姿を持っていて、頭がよくて、友達も多く、人付き合いもそつなくこなす女の子です。

そして、『ドラえもん』が大好きで、父親と同じく藤子・F・不二雄先生を敬愛しています。

 

しかし、理帆子は、少し嫌な子です。

周囲の人のことを「頭がよくない」「頭が悪い」と、心の中でいつも思っていて、見下しています。

本書を読み始めて、はじめに感じるのが「この子、なんだか嫌な感じ」という人が多いと思います。

ただ、『ドラえもん』が好きだというところに助けられて、読み進めていけるのです。

やっぱり、みんな『ドラえもん』が大好きなのです。

 

私自身、理帆子と同じくらいの年齢だったら、この小説を最後まで読めなかったかもしれません。

主人公があまりに感じの悪い女の子なので、読む気が起きなかったと思います。

しかし、私は理帆子よりずっと年上なので、読み始めからずっと「何だか心配な女の子だなぁ」と思っていました。

 

写真家だった父親は胃癌を発症したあと失踪し、母親は余命宣告をされており、理帆子は一人っ子です。

そのため、まだ高校生なのですが、一人で暮らしをしています。

そして、理帆子自身には、リスペクトできる友達もいないのです。

心配ですよね…やっぱり。

 

しかし、生活費に関しては、以前、理帆子の父にお世話になったという世界的に有名な指揮者である松永純也が出してくれていて、理帆子と母は素直にお世話になっています。

 

そんな理帆子には、ある習慣があります。

理帆子が尊敬する藤子・F・不二雄先生が、

『ぼくにとっての「SF」は、サイエンス・フィクションではなくて、「少し不思議な物語」のSF(すこし・ふしぎ)なのです』(「凍りのくじら本文より引用)

という言葉を遺されています。

読書家の理帆子ですが、SFという本のジャンルは少し苦手意識を持っていました。

それが、この藤子・F・不二雄先生の言葉で、苦手意識が和らいだようです。

確かに、そう言われると、難しい科学的な知識なしでもSFを楽しめそうです。

 

そして、それ以来、理帆子は周囲の人たちに「スコシ・ナントカ」と個性付けをしています。

理穂子にとってこのラベリングは「頭の中で物事を整理しやすいから」ということのようです。

 

理帆子の背景を知ると、少しこういう性格なってしまっても仕方がないのかな…とも思いますが、なんとなく、やっぱりまだちょっと嫌な子…です。

 

SFとは関係ない場面でも、理帆子はこの「スコシ・ナントカ」で遊んでいます。

そして、理帆子は自分のことを「少し・不在」だと思っています。

どこにいても、そこが自分の居場所だと思えないから。

 

こんな感じの悪い理帆子ですが、本書を読み進めていくうちに、少しづつ理帆子は「嫌な子」ではなくなっていきます。

はじまりで投げ出してしまうのは、もったいないです。

理帆子と若尾大紀

理帆子には、元彼がいて、今もときどき会っています。

司法試験浪人の若尾大紀

理帆子と同様、見た目は素晴らしく美しい容姿で、天使のような笑顔。スタイルもいい。

しかし…。

彼は、自尊心の塊で、言い訳の権化で、後付けで自分を正当化する面倒なタイプ。

司法試験にも落ち続け、勉強していると言いながら気分転換だとパチスロに通いつめ…。

若尾がこんな性質になっていったのは、ただの「クズ」だからというより、自尊心を保つために、壊れ始めていたのです。

心療内科にも通っており、何種類もの薬を処方されています。

 

あまりにも尊大な自尊心とプライドを持つ若尾は、当たり前の自分を受け入れることができません。

ここまで壮絶ではないですが、私の周りにもいなくもないような…。

それにしても、若尾の人生は、どれだけ、辛く息苦しい人生でしょうか。

 

聡明な理帆子がなぜ付き合う気になったのか不思議でしたが、理帆子と若尾は「同じグループの人」なのです。

理帆子はいつも「少し・不在」な自分の居場所や、相手から「ただ一人の人」として、若尾に求められることを望んだのです。

若尾のさまざまなエピソードは、理帆子とは違った意味で、ただ嫌悪感しか感じません。

理帆子によると、若尾は「カワイソメダル」(これをつけた動物を見ると、誰でもかわいそうにみえるドラえもんの道具)を胸にぶら下げているので、守ってあげたくなるのだそうです。

そして、若尾には「少し・不自由」という分類を与えた理帆子(のちに若尾は「少し・腐敗」になります)。

 

しかし、若尾もまた、氷の下に閉じ込められたくじらだったのかもしれません。

氷の下に閉じ込められたくじらと別所あきら

凍った海

別所あきらは、母が入院している病院で出会ったF高の先輩です。

理帆子は、別所に「理帆子をモデルに写真を撮りたい」と言われています。

別所は、写真を撮ることが好きで、F高には写真部がないので新聞部に入部しています。

 

朝、とても悲惨な地下鉄の駅での放火事件のニュースを見た理帆子は、学校で気分が悪くなり、早退をした日のことです。

理帆子は、自宅とは反対方向の電車(母の入院する病院の方向)に乗ったのですが、母の病院がある駅から一人の少年が乗り込んできました。

少年は手にキルティングのバッグを提げていて、その柄がドラえもん模様でした。

バッグは誰かの手作りのようで、フェルトの文字で「いくや」とつけられています。

少年を目で追っていると、少年の隣に微妙な距離をあけて、別所あきらが乗っているのを見つけます。

 

理帆子は、2人の後を追うことにしましたが、一旦、見失ってしまいます。

知らない街を歩く理帆子。

すると、偶然にもさっきの少年があるマンションの階段に座ってシャボン玉を吹いているのを見つけます。

そして、一緒に階段に腰かけていた別所が、理帆子に声をかけてきたのです。

理穂子は、知らない街を別所と共に歩きながら、いろいろな話をします。

知らない街歩きは、父ともよくしていたことでした。

そのときに、別所に聞かされたくじらの話。

「もう何年も前に、テレビで氷の下に閉じ込められたくじらの親子のニュースをやってて……、理穂子さん、見たことある?」(本文より引用 p.280)

別所は続けます。

「今でも覚えてる。確か、最初は三頭だった。狭い氷の隙間から、交替で息継ぎのため顔を出すんだ。ヘリで上から取材してたレポーターが声を詰まらせてた。僕にはそれが意外でね。ああ、こういうひともきちんと人間で、今ここにいるくじらの痛みに泣いているのかって、妙な感慨を持った。顔を空に突き出して、懸命にくじらが息をする」(本文より引用  p.280)

くじらは、結局助かりませんでした。

何だか、まるで、理帆子の生き方のようです。

とても、息苦しい。

本書のタイトルである「凍りのくじら」は、ここからきていて、このあと、広がりをみせます。

そして、ドラえもんなら、このくじらを助けられたかな…という別所の問いに、理帆子はドラえもんの秘密道具の話をします。

ドラえもんなら、助けてくれそうです。

 

しかし、ドラえもんの秘密道具には、永遠に効果が続くものはありません。

何かの危機に出くわしたときに、それを使い、乗り越えたあとは自分で何とかしなければいけないのです。

本書にも出てくる「どくさいスイッチ」

嫌な相手に出会うと、その相手を消してしまえるスイッチ。

しかし、嫌だからとみんな消してしまったら、結局、最後は一人になってしまう。

それは、とても寂しい。

秘密道具は、それに気づくためのものなのです。

 

そして、理帆子は、別所あきらからもう一つ大切な話を聞かされます。

それは、さっきまでドラえもんのバッグを持って、シャボン玉を吹いていた小さな少年は、松永純也の息子の「郁也」だと。

松永純也には、妻と10歳の娘がいます。

他に男の子の子供がいることを、理帆子は知りませんでした。

 

理帆子にとって、これはかなりの衝撃だったことでしょう。

そして、どういう心境の変化か、このとき理帆子は、断るつもりだった別所の写真のモデルになることを承諾するのです。

小さな友達

父の新しい写真集の出版の話が来たとき、理帆子の母は外泊許可を取っていました。

それが、母が風邪を引いたことで外泊がダメになってしまいます。

すごく寂しくて、悲しいのですが、理帆子にはそれを聞いてもらう相手がいません。

そのとき、理帆子は、自分は「どこでもドア」を持っていると思っていたが、自分が持っていたのは「オールマイティーパス」だと気づきます。

「オールマイティーパス」は、パスを見せればどこにでも入っていけるけれど、有効期限が過ぎると、途端に今まで仲良くしていた人が手のひらを返したように冷たくなる…。

自分はどこへでも溶け込めて、誰とでも打ち解けられると思っていたけれど、そうではないのだと。

 

そんなとき、理帆子は、松永郁也に再会します。

母の病院のシャトルバスの乗り場でのことです。

郁也は同じくらいの年齢の少女と二人で、ベンチに座っていました。

郁也は口がきけないので、その治療のために病院に通っているのでした。

すると、お迎えの車がやってきました。

運転しているのは、先日、シャボン玉を吹いていた郁也を、呼びに来た家政婦・久島多恵でした。

 

そして、多恵は何故か理帆子のことを知っていて、あきらから聞いているといいます。

あきらさんには、よくしていただいているのだと。

その日は、郁也の誕生日でした。

そして、多恵は郁也のお誕生日のお祝いに理帆子を誘ってくれたのです。

 

すごい量のお祝いのお料理やケーキ。

多恵は、優しくて、シャキシャキしていているので、多恵の個性は「少し・フレッシュ」になりました。

 

郁也と多恵は2人でこのマンションに住んでいて、松永純也はときどきここに訪ねてくるようです。

そして、郁也はさすがに世界的に有名な指揮者・松永純也の息子なだけあって、ピアノが素晴らしくうまい。

郁也の母親は、松永純也の大学時代の同級生で、ピアノ科の出身でした。

 

以前、別所あきらが二週間ほど、このマンションに一緒に住んでいたのですが、そのときにいた部屋に案内されると、そこには…理帆子の父の芦沢光の写真が壁一面に貼られていて…。

その中には、理帆子の子供の頃の写真もありました。

多恵はその理帆子の写真を見ていたので、理帆子と初めて会った日に、驚いたような顔をしていたのでした。

母の死と周囲の人たち

理帆子の母・芦沢汐子が亡くなったとき、夫である芦沢光の新しい写真集の構成が終わり、ポジフィルムがベッドのわきのテーブルに置かれていました。

最後の力を振り絞って、夫の写真集を作り上げたのです。

そこには、母から理帆子への愛情が溢れていました。

写真集のタイトルは「帆」

 

葬儀の準備中に、理帆子のクラスメートで生徒会長の加世と、加世とは仲が悪かったはずの立川が一緒に来てくれます。

葬儀には、遊び仲間のカオリと美也、カオリに紹介された宮原くん、顔と名前が一致しない飲み会で知り合っただけだと思っていた友達がたくさん駆けつけてくれました。

理帆子は、そこで自分が彼ら彼女らと、その場所を馬鹿にしていたことを恥じ、心の底から感謝するのです。

 

本書を読み始めたときの理帆子の嫌な感じは、もうどこにもありません。

この理帆子の姿に、私はとてもホッとして安心することが出来ました。

まるで、自分の子供のことみたいに。

別所あきらの正体と「テキオー灯」

壊れ始めている若尾から、ずっとちょっと「うざいメール」が届いていたのですが、理帆子は無視していました。

理帆子の母が亡くなったことを、どこかで知ったようで、そのことをメールをしてきて以来、ぷっつりとメールは途絶えます。

そして、今まで理帆子の周辺で起こっていた不可解な出来事が、一つづつ解明されていきます。

 

理帆子は、若尾が、電話番号を変えて電話をかけてきたことに気づかず、思わず電話に出てしまいました。

家のドアにかけられたドン・キホーテのビニール袋のこと。

若尾に話したこともない理帆子の日常を知っていること。

多恵にもらったドラえもんの巾着袋の紛失。

そして、とうとう若尾は郁也を連れ出して…。

 

若尾は理帆子が買い物をしていたショッピングセンターの二階から、電話をしながら飛び降りました。

狂言自殺。

本当に死ぬ気なら、理帆子がいる三階から飛び降りるはずです。

どうしようもない男、若尾。

 

まだ理帆子と若尾がつきあっていた頃に、星を見に行ったことがありました。

自己顕示欲の強い若尾は、郁也の行方を知りたがる理帆子に、ほのめかします。

郁也と星を見に行ったと。

 

その場所には不法投棄のゴミ捨て場があり、急ぐ理帆子。

不法投棄された冷蔵庫の中に郁也が!

郁也を助け出した理帆子は、郁也を背負い、名前を呼びながら歩きます。

小さな手の指が、少し動いて…。

「りほちゃ…」という郁也の小さな声が。

そして、

ほの白い、温かな光。小さな懐中電灯を手に、別所あきらがそこに立っていた。(本文より引用 p.509)

別所あきらは言います。

彼が言った。

「テキオー灯」(中略)

「二十二世紀でも、まだ最新の発明なんだ。海底でも、宇宙でも、どんな場所であっても、この光を浴びたら、そこで生きていける。息苦しさを感じることなく、そこを自分の場所として捉え、呼吸ができるよ。氷の下でも、生きていける。君はもう、少し・不在なんかじゃなくなる」(本文より引用 p.525~526)

郁也と理帆子は、別所あきらに助けられました。

理帆子の父・芦沢光の光は、あきらと読み、父は婿養子で旧姓は、別所でした。

 

別所あきらは、理帆子の亡くなった父親だったのです。

これにもっと早く気づいていた読者も多いと思います。

いろいろなところで、ちょっとした違和感を感じる部分が出てくるのです。

理帆子と郁也

別所あきらは、郁也に「呪いと願」をかけていました。

そのため、郁也はしゃべれないのではなく、しゃべらなかったのです。

そして、冷蔵庫の中から理帆子に助けられたとき、呪いがとけ、願が叶い、郁也はしゃべるようになりました。

 

25歳になった理帆子は、新進気鋭の写真家として二代目・芦沢光を継ぎ、「人間と生活」をコンセプトにする写真専門誌『アクティングエリア』で大賞を受賞します。

自然を中心に写真を撮っている理帆子ですが、今回は人物を撮っての受賞。

その人物とは、ピアニスト・松永郁也

最後に

辻村深月著「凍りのくじら」の感想でした。

『ドラえもん』が題材になっているということから、本書のファンは多いと聞きます。

実際に、本当に素晴らしい作品でした。

初めは「少し・嫌な感じ」なのですが、最後は心の底からあたたかく幸せな気持ちになれました。

人は誰かにすがり、頼り、生きています。

寂しいときは、寂しいと言っていいのだと改めて感じることができました。

 

蛇足ですが、本書には「ぼくのメジャースプーン」のふみちゃんが少しだけ登場しています。

どうぞ、本書を読んでふみちゃんを探してみてください!

 

以下の記事で、ふみちゃんが出てくる、辻村深月著「ぼくのメジャースプーン」の感想を書いています。

よろしければ、併せてご覧になってみてください。

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