「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」読書感想 著者 辻村深月|母娘関係の永遠のテーマ

一昨日、辻村深月著「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」読み終わりました。

第一章は、みずほの視点から、第二章は、チエミの視点から物語が描かれています。

私にとっては、みずほの気持ちがわかりすぎて、胸を抉られる小説でした。

「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」 あらすじ

地元を飛び出した娘と、残った娘。幼馴染みの二人の人生はもう交わることなどないと思っていた。あの事件が起こるまでは。チエミが母親を殺し、失踪してから半年。みずほの脳裏に浮かんだのはチエミと交わした幼い約束。彼女が逃げ続ける理由が明らかになるとき、全ての娘は救われる。著者の新たな代表作。

[引用元]講談社文庫「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」裏表紙より

あらすじ

第一章は、みずほの視点。

梁川みずほは、雑誌のフリーライター。大学に入ってからは地元の友人とはほぼ交流を絶っている。母との関係は子供の頃から、あまり良いものではなかった。

結婚してからも、それは変わらず地元に帰省しても実家に帰らず、ビジネスホテルに泊まるほど。

一方、望月チエミは、母親に溺愛され、何でも母に相談する仲良し母娘。

そんな、チエミが母を殺害し、行方不明になって半年が経つ。

二人は幼馴染であったが、高校卒業以降はほとんど交流がなかったが、最後に会ったのはみずほの結婚式の日。

チエミは、なぜ母を殺害しなければならなかったのか。

合コンに参加していても帰る時間を電話したり、会社で残業があると親が迎えに来るほど、仲のいい親子。

周囲が気持ち悪がるほどに。

 

第二章は、チエミの視点。

第一章で、周囲の友達や会社の同僚などから見たチエミの姿が描かれ、第二章では本当のチエミの気持ちがチエミ自身の目線で語られる。

母親を殺害した理由、なぜその後逃亡を続けているのか。

母と娘とは一体何なのか。女同士の間に友情は成立するのか。

登場人物

梁川みずほ(旧姓・神宮寺)
フリーライター。チエミの幼馴染み。幼い頃の母の歪んだしつけのため、母親とは疎遠。

望月チエミ
建築会社の契約社員。独身。両親から溺愛されて育った。実家はさくらんぼ農家。母を殺害し、逃亡中。

古橋由紀子(旧姓・三枝)
チエミの小学校~高校の同級生で、部活仲間。現在、スーパーでレジ打ちのパート社員。

北原果歩
みずほの地元の遊び仲間。合コンで知り合う。独身。不倫中。ギャル系美少女だったのは今も変わらず。

添田紀美子
チエミの小学校時代の恩師。現在一人暮らし。70代。社会教育センター勤務。

飯島政美(旧姓・永井)
遊び仲間のまとめ役。合コン幹事。みずほとは結婚式に招待しなかったことで絶交状態。

及川亜理紗
チエミの同僚。帰国子女。K大学卒の建築士。みずほより三歳年下。

梁川啓太
みずほの夫。大手一流企業に勤める草食系男子。

柿島大地
元チエミの恋人。既婚。チエミと現在の妻・ゆうりと並行して付き合っていた。

山田翠
チエミを匿ってくれた女子大生。親とうまくいっていない。大学もずっと休んだまま。

母と娘

世の中には、いろいろな形の母と娘の関係性が存在します。

みずほと母

みずほは、幼い頃から、理不尽な理由で母に叱られ、みずほ自身は『虐待』と感じていなくとも、周囲から見ればそれは、躾と称した『虐待』にしか見えません。

子供は自分の家庭のことしかわかりません。

他の家の娘が母にどのような扱いを受けているのかは、ある程度大人になってからしか知ることができません。

 

私自身は、このみずほと母の関係性がとてもよくわかります。

私の母も、みずほの母にそっくりでした。

みずほと同様、私にも兄がいるのですが、決して兄には言わないこと、やらないことを、『女の子としての躾』として、強制されていたことがたくさんありました。

それは、母の感情の在りかによって変わり、父との関係からの八つ当たりであったり。

しかし、小学生の頃まではそれが我が家にとっては当然のことで、私自身も納得していました。

「お母さんに叱られる」と、私はいつもビクビクしていました。

 

母は、買い物に行くときは必ず私を連れて行きました。

ただの荷物持ちだったのですが、ご近所からは私が母にくっついてばかりいる子のように思われていたようです。

実際、母に「今日は買い物に一緒に行きたくない」と言っただけで、母は怒り狂いました。

私が風邪を引いて寝込んでいるときなどは、一人で買い物に行ってどれだけ大変だったかを私に話して聞かせました。

高校生くらいになると、友人たちと帰りに寄り道することもあり、その時も母には「ああ、ママばっかり家のことやらされて、あんたはそうやって遊び惚けてたらいいわ」と言われていました。

そして、罪悪感に苛まれる…を繰り返していました。

私も、一旦、家を出ていたら、みずほのように、実家に寄り付かない娘になっていたと思います。

チエミと母

チエミと母は、一時期よく言われた『一卵性親子』といった感じ。

チエミは、自分が両親、特に母から愛されていることをとても誇りに思っているようです。

私の友人にも、こんな母娘関係の子がいました。

その子も、とても幸せそうで、母親にどんなことでも相談すると言っていました。

彼女のお母さんは、私たち娘の友達にもとても優しく接してくれました。

とてもうらやましかったのを思い出します。

 

そんな関係性の母娘だったのに、なぜチエミは母を殺害しなければならなかったのでしょうか。

そこには、愛すればこその理由があったのです。

女同士の友情について

みずほとチエミは幼馴染ですが、高校から、みずほは私立の進学校に通うことになったので、親交は少しづつ薄くなっていきました。

チエミが事件を起こし逃亡してから、みずほは共通の友人を訪ねて歩きます。

周囲の人は、フリーライターとして、みずほがチエミのことを書くのだろうと考えています。

みずほ自身もそれを考えていたようですが、次第に、ただチエミを見つけ出してあげたいという気持ちが強くなっていきます。

娘代

みずほは、大学生活は東京で過ごしましたが、大学在学中からフリーライターの仕事をしていたので、卒業後、一旦地元に戻り、両親と一緒に暮らしていました。

そして、みずほは、フリーライターの仕事だけでは収入が少なく、母から「娘代」をもらって暮らしていました。

「娘代」というのは、「バイト代」みたいなものです。娘として母の側にいるので「娘代」をもらっていたのです。

ここにも、みずほの気持ちが表れています。

みずほは、母の側にいることを仕事のように捉えています。仕事のように、義務として、本当はやりたくないけど、「娘をしている」ので、お金をもらっているのです。

一見、親のすねをかじる娘…のように見えますが、みずほはそうは思っていません。

 

その後、兄の後輩である梁川啓太との結婚が決まって、東京に住むことになります。

それからは、みずはは、ほぼ家に寄り付かなくなっていきます。

 

啓太は、穏やかで優しい夫です。

そして、母の自慢である優秀な兄と同じ一流企業に勤めている啓太のことを、母はとても気に入っているようです。

みずほが啓太と結婚したのは、ある意味、母が気に入っているから文句は言われないだろう…と思ったからなのです。

 

啓太がいい人で、本当に良かったと思います。

地元の遊び仲間

その「娘代」をもらっていた頃、地元の友達の飯島政美、北原果歩らと遊んでいたみずほ。

その中でも、飯島政美は、とても顔が広く、合コンのまとめ役で幹事をしてくれていた友達です。

しかし、みずほの結婚式に、人数の関係で政美を呼べず、今は『絶交』状態

みずほは、政美の結婚式には呼ばれているので、そのあたりのことで気まずくなるのはよくわかります。

地元の友達全員が呼ばれないのであれば仕方ないですが、チエミだけは家族ぐるみの付き合いであったため、呼んでいるのです。

結婚式に呼ばれたら、呼び返すのが不文律。

 

しかし、絶交状態ではありますが、政美は政美なりにチエミを心配しているようで、顔の広さからチエミのことを知っていそうな人の情報を、みずほに教えてくれます。

政美は、嫌味なことも言いますが、きっと気のいい人だと思います。

柿沼大地

柿沼大地は、チエミの元彼…というより、大地にとってチエミはただの『遊び相手』でしかありませんでした。

柿沼大地は、自分の見た目の良さを自覚しており、さらに一流大学卒で一流企業働いている「自分は選ばれた人間だ」と思っています。

 

大地は、みずほの大学時代の友人で、その頃、みずほの地元の山梨支社に赴任していました。

そして、みずほが仕切ったコンパに参加して、チエミと知り合ったのです。

チエミの方が、先に大地に好意を持ったようです。

しかし、大地には読者モデルをしている本命の彼女がいました。

それなのに、大地は、チエミと結婚の約束をしたり、指輪(安物ですが)を贈ったり、チエミの心を弄びます。

しかし、チエミが大地を好きになったのは、大地自身がどうこうより、ある理由がありました。

 

大地は、みずほが仕切った合コンに来ていた女の子たちのことを完全にバカにしていました。

ああ言えばこう言う、口から先に生まれてきたような、クズ野郎です。

自分は選ばれた人間。田舎の楽しみのない女の子にひとときの夢を与えてあげた。感謝されても恨まれることなんてない。

「ご同類でしょ、みずほちゃんと俺は。あの子たちのこと、バカにしてたくせに」

と、大地は言います。

みずほは、それに対して、言葉を返すことが出来ませんでした。

みずほ自身も、大地が他につきあっている子がいることを知っていましたが、チエミには言えなかったのです。

 

それにしても、この柿沼大地という男、遊びでも自分がかつて付き合っていた子が、母親を殺して逃亡していることを知っても「俺とは別の世界のことだ」と言える神経。

本当に、何様なんだか。

 

みずほが知りたかったのは、チエミが妊娠しているかもしれないことでした。

そして、大地に、チエミと別れた後にも、関係を持ったのかを聞いたみずほに、

「随分ご無沙汰だって言ってた。かわいそうに思って」

あまりのことにみずほは、大地の頬を叩きます。

ICレコーダーで会話を録音していたことを知った大地は、駆け出すみずほを追いますが、みずほはタクシーに乗ってその場を去ります。

 

辻村深月さん、ここまで本気でイライラさせる男の描写…。

すごいです。

私もみずほみたいに、一発ひっぱたいてやりたいです。

及川亜理紗

及川亜理紗は、チエミの会社の同僚です。

小さな建築設計事務所で、チエミは事務の契約社員。

亜理紗は、建築士の資格を持つ正社員。

同世代の同僚は、二人だけだったので、お昼を一緒に食べたり、仕事を協力し合ったりしていたようです。

しかし、亜理紗は、帰国子女で正社員。

センスが良くて、目鼻立ちのはっきりした美人で、名門のK大学卒です。

チエミは山梨からほぼ外に出たことがない短大卒。

 

亜理紗は、高校はみずほと同じS学院で、それを知ると、突然、みずほに親近感を持ったようです。

みずほも、K大ほどではないにしろ、名門大学を卒業しています。

 

亜理紗は、自分とチエミは違う世界に住む人間だと思っていたようです。

一見、感じの良い亜理紗でしたが、チエミの話になり、みずほのジャーナリスト(亜理紗曰く)という仕事や高校・大学のことを聞いて、みずほを「自分側」の人間だと判断したようです。

それからは、友人であるみずほの前で、チエミの親子関係や職場での言動について、非難し始めます。

 

さらには、柿沼大地みたいな男性に、チエミは本当に好かれていたのか不思議だとも亜理紗は言います。

みずほは、「大地は、チエミが振ったのだ、未だに大地はチエミのことが忘れられないのだ」と、思わず嘘をついてしまいます。

 

この感じもすごくよくわかります。

私の周囲にもこういう人たちがいました。

帰国子女であること、名門大学を出ていること、相手も大卒かどうか…。

それで、態度が突然変わる人。

しかし、そうでないからと言って嫌味な態度をとるわけでもないのですが、『自分側』の人間には、突如として親しみを感じる人がいます。

私が派遣で働いていたとき、よくこういうことがありました。

派遣で働いている人は、短大卒の人が多かったのですが、私が大卒だとわかった途端、『自分側』の人間として態度を変えるのです。

チエミの行方

チエミは、母を殺害して、どこにいったのか。

行く当てなどないはずなのに。

翠ちゃん

チエミのことを何も聞かずに、匿ってくれたのが女子大生の翠ちゃん。

彼女も家族との確執に悩む不器用な女の子のようです。

母と娘というのは、家族というものは、どこまでも追いかけて来る。

 

チエミは、翠ちゃんには、自分の名前を「神宮寺みずほ」だと偽っています。

名前を聞かれたときに、思わず出てしまった名前でした。

 

しばらくは、翠ちゃんとの平穏な暮らしが続きますが、ずっとここにいるわけにはいきません。

そして、出ていこうとするチエミに、翠ちゃんは…。

チエミから見た周囲の人々

みずほが調べたチエミとその周囲の人々と、チエミ自身が感じていた周囲の人々は少しだけ違っていました。

人は、自分がひどいことをしたり、きついことを言ったことを第三者に正直に話すことなどありません。

及川亜理紗は、みずほとのやりとりでも、そうとうチエミを見下していましたが、実際にはそれ以上でした。

 

想像はつきましたが、本書にはどうしようもなく「お前は何様なんだ」と思わされる人が出て来ます。

しかし、確かに現実世界にも、同じような人がいるのは事実です。

 

ただ、自分で自分を特別視しなければ、彼らは生きていけないのだと思います。

そうすることで、何とか自分より上を見ずに済むから。

0807

チエミは、とても不器用で計算の出来ない、無邪気なまま大人になった女性で、チエミの母は、そんなチエミを本当に愛していたのだと思います。

それが、この0807という数字に表れています。

私は、本作の結末を読んで、ホッとしました。

自分のことを「何もない」と言ったチエミ。

しかし、そんなことはなかったのです。

 

自分のために必死になってくれる友達が、チエミには確かにいたのです。

最後に

辻村深月著「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」の感想でした。

どんな母と娘の間にも、この悲劇は起こりうるものです。

側から見ると、どんなに幸せそうな母と娘でも。

 

正直、娘の立場である私にとって、本作「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」は、胸を抉られる小説でした。

事件を起こすとしたら、本当ならチエミではなく母を疎ましく思っているみずほの方です。

しかし、母を信じていたからこそ、チエミは事件を起こしてしまったとも言えます。

 

娘の立場からも、母の立場からも、ぜひ女性におすすめしたい一冊です!