こんにちは。
はるき ゆかです。
一昨々日、角田光代著「トリップ」読み終わりました。
10編の連作短編集です。
一編ごとに感想と私個人が気づいたことについて書いてみたいと思います。
「トリップ」感想 はじめに
あらすじ
普通の人々が平凡に暮らす東京近郊の街。駆け落ちしそびれた高校生、クスリにはまる日常を送る主婦、パッといない肉屋に嫁いだ主婦__。何となくそこに暮らし続ける何者でもないそれらの人々がみな、日常とはズレた奥底、秘密を抱えている。小さな不幸と小さな幸福を抱きしめながら生きる人々を、透明感のある文体で描く珠玉の連作小説。直木賞作家の真骨頂。
[引用元]光文社文庫「トリップ」裏表紙より
10編の短編小説が、少しづつ繋がっています。
主人公も老若男女、さまざまです。
外側から見たら、とても「普通」に見えそうな人々が、心の奥底ではだるさや退屈、自嘲、焦りなどを抱えて生きています。
空の底
主人公
- 駆け落ちしそこなった女子高生
感想
「空の底」を読んで思い出したことを、書いてみます。
私の友人に、心中しそこなった人がいます。
大学時代にバイト先で知り合った女性です。
もちろん、そしこなったので、今でも元気で生きています。
彼女は、高校二年生のときに、大学生の彼氏がいて、卒業と同時に結婚したいと思っていたようです。
そして、思いがけず、親の反対もなく、高校三年生になったときには結婚準備を始めていました。
少し普通よりは早めですが、女性として最も幸せなときだったのではないでしょうか。
しかし、彼女は突然心中したくなったそうです。
彼氏もそれに同意したというのです。
二人で家出をして、ある場所に行ったのですが、心中する理由がなかったので、何となく帰ってきたそうです。
彼女は、そのあと、その彼とは別れ、どういうわけか今も独身です。
人には、一瞬にして幸せを壊したくなることがあるようで、私にはその気持が何となくわかります。
誰もが何か『魔』に囚われることがあります。
一旦、立ち止まって考えなおすことは大切です。
生きていれば、いいことはきっとあります。
生きてさえいれば。
トリップ
主人公
- クスリにはまる主婦。小さな子どもがいる。
感想
「トリップ」を読んで思い出したことがあります。
私は、当然ですが、クスリにハマったことはありません…というか、一度たりとも使ったこともありません。
私は派遣社員として、いろんなところで働いた経験があります。
始めのうちは、様々な会社で働けるのが楽しくて、長くても半年程度の契約のところばかりを選んで働いていました。
そして、ある職場で一緒になった人。今は名前も、顔さえも忘れた一人の派遣社員の女性のお話です。
彼女は、仕事中に、理由もなく、突然激昂する人でした。
怒るようなことでもないのに、急に大声で怒鳴るので、私はできるだけさけていたのですが、ある日の休憩時間、二人きりになることがありました。
正社員の方も共用の休憩室で、彼女は私に唐突に、「覚◯剤なんて常習性ないよ。私使ってるけど」と言いました。
それも、まあまあの大きな声で。
「……へぇ、そうなん」としか、私は答えることが出来ませんでした。
だからと言って、私に覚◯剤を勧めるわけでもなく、彼女はひたすらタバコを吸い続けていました。
結構、フィルターギリギリまで吸っていて、私はぼんやりと「身体に悪そうだな」と思いながら、ただ彼女の横顔を見ていました。
常習性云々ではなく、彼女自体の行動が、もうすでに普通ではなくなっていたのですが。
橋の向こうの墓地
主人公
- 事実婚の女性と暮らす専業主夫。
感想
「橋の向こうの墓地」では、キャリアウーマンの女性と事実婚状態の男性の主夫としての日々が描かれています。
私は、女性だからといって家事が不得意な人がいるように、会社などで働くより家事をするほうが向いている男性も存在すると思います。
最近では、専業主夫の人も割と増えたような気がしますが、やはり、まだまだ男は外で働くものだと思っている人は多い。
この『橋の向こうの墓地』の主人公は、完全に外で働くより家事に向いている人です。
家事の便利グッズとか買ってきてしまうところなんて、絶対的に専業主夫向き。
しかし、本人はどこか違和感を持って生活しているようです。
「新しくて自由な関係」と妻はいうのですが。
彼は、小学生のとき、浮浪者を「飼って」いました。
人間を飼うとは、傲慢な言い方ではありますが、ある意味、面倒見がいいとも言えます。
しかし、彼の違和感は、そのときのしゃべることも人と関わることも放棄した浮浪者と自分を重ね合わせてしまっているからなのかもしれません。
ビジョン
主人公
- 今年40歳になる肉屋の嫁。揚げ物はまださわらせてもらえない。
感想
「ビジョン」という言葉は、肉屋の嫁の唯一の友人である雑誌編集者の独身女性・なおみがよく口にする言葉です。
この短編集は、全体的に何気にユーモラスなのですが、この「ビジョン」は特に面白かったです。
私は、この作品が一番好きです。
24歳の頃、結婚したくて気が狂いそうだった主人公の女性。
そして、お見合いしまくり、出会ったのが、現在の夫・中島俊嗣。
東京郊外にある町の、肉屋の次男坊で、現在自宅住まいだが両親と別居可能、食品会社勤務、性格温厚、趣味読書、牡牛座A型。会ってみると悪くなかった。よくもなかったけれど。(本文 p.81より引用)
私は、彼女は中島俊嗣と結婚する運命だったのだと思います。
しかし、結婚前の約束が、婚約した途端に破られてしまいます。
肉屋は俊嗣の兄が継ぐことになっていたのですが、兄は失踪してしまうのです。
そして、俊嗣が食品会社を退職して、肉屋を継ぎ、家もこの店舗のつづきと二階になりました。
こんなはずじゃなかった…。
彼女はそう思っているのですが、彼女はとても幸せそうに見えるのです。
嫁に来て15年経った今でも、まだ揚げ物は義母の仕事だけれど。
きみの名は
主人公
- 大学時代の同級生をストーキングする男・カガワマサオ。
感想
主人公・カガワマサオが追いかけているのは、淀橋君子という名の今は酒屋の若奥さん。
淀橋君子は、カガワの大学の同級生で、大学を卒業後、ニュースキャスター⇒ジャズ・シンガー⇒カメラマン⇒声優⇒ダンサー⇒フローリストと、なりたいものが次々と出てきて、結局、今は酒屋の奥さんになりました。
そのため、カガワは、彼女が行く先々を追って、引っ越しを繰り返しています。
ストーカーなので。
仕事は、通信教育の添削をする在宅ワーク。
淀橋君子を追いかけるには、会社に出社などしていられないのです。
私の知り合いにも、15年位ずっと片思いをしている女性がいます。
話を聞いていると、もう本当に片思いの相手が好きなのかどうかもわからないと言います。
それでも、彼の行動や日常の欠片を手の中で温めていたのだそうです。
そんなに長い間、夢中になれる人がいることが、私はうらやましいなぁと思ったりします。
そして、私は淀橋君子のいろんなものになりたくなる気持ちがよくわかります。
周囲の人は、結構イライラしているようですが。
百合と探偵
主人公
- 離婚して喫茶店を経営している中年女性
感想
「ゆりと探偵」は、少し哀しくてすごく面白い、一人の中年女性のお話です。
夫が長く浮気をしていて、離婚してほしいと突然言われた主人公は、離婚する代わりにお店を出させてほしいと言ったら、必死で探す夫を見て、そんなに別れてほしかったのかと驚いてしまいます。
子供の依子は、既に独立しているし、それもいいかと思いましたが、お腹の中はいつも不満でいっぱい。
若い女の子や、商店街のお店の奥さん、毎週水曜日に来る若い奥様たちにも。
物語の始めから
まったくむかつくったらない。若いやつらってのは中年以降の女なんて女じゃないと思っていやがる。(本文 p.131より引用)
で始まるのです。
そんな喫茶店の女性店主のことを、探偵らしき人が近所で評判を聞いて回っているようで…。
誰かが私を探しているの?
この、どの年齢の自分から見ても、今が一番可哀想なこの自分を。
答えは…。
そして、私は、少し笑いながらも、何となく他人事じゃないような恐怖も感じたのでした。
秋のひまわり
主人公
- いじめられっ子の小学生。花屋の息子。
感想
「秋のひまわり」は、主人公が野村典生という12歳の小学生の男の子で、「花と緑のいいじま」というお花屋さんの息子です。
典生はいじめられているのですが、12歳にしてはちょっと大人で、心の傷よりと共に物理的な傷をも気にしています。
体操服を汚されたら、自分で洗濯をしたりして、母親に心配させないようにしています。
母親がお店を経営しているのですが、このお店は典生の父親の実家です。
典生の父は、典生が赤ちゃんのときに、母と典生を置いて女と逃げたのです。
しかし、今、お母さんには、半年前からお店で働いているマナベさんというお母さんより6歳年下のハンサムな恋人がいるようです。
典生は、お母さんとマナベさんが結婚したら、いじめもなくなって、自分も普通の12歳の少年になれると信じています。
それが、ある日、マナベさんがいなくなって…。
最後は、いろんな意味で胸が痛くなりました。
幸せになれるはずだったのにね、典ちゃん…。
カシミール工場
主人公
- 僻み根性のひどいアラサー女子・進藤みちる。古本屋勤務。
感想
遠藤みちるは、かなり根性がねじ曲がっています。
楽しそうに話している人をみると、自分を見て笑っているのだと思い、近所のお店の人が自分に話しかけないのは、35歳にもなって嫁にもいけない女に気兼ねしているのだと思い、プレゼントをもらうとへんなものを贈られるのではないかとビクついたり…。
実際には、みんな自分のことで忙しいので、それほど人のことを気にかけている暇はないのです。
しかし、一旦、自分を「可哀想な女」だと思ってしまうと、何から何まで悪い方に考えてしまう…。
ときどき、実際にこういう人に出会うことがありますが、本当は自分のことが好きなんだろうと思います。
それだけ、人が自分のことを気にかけていると思っているからです。
「好き」の反対は「嫌い」ではなく、「無視」だとはよく言われること。
しかし、私は、どうしても遠藤みちるが憎めないのです。
牛肉逃避行
主人公
- 不倫相手が離婚されたので結婚しければならなくなった男
感想
主人公の男”しんちゃん”は、伝言ダイヤルで知り合った人妻・陶子と付き合っていましたが、その相手の夫が浮気に気づき、さらに陶子の妊娠が発覚します。
そして、陶子は離婚され、何となく流れで、しんちゃんは陶子と結婚しなければならなくなってしまいました。
こういうのが、危ない。
そんな風に思って生まれてきた子供を、しんちゃんは大切にすることが出来るのでしょうか。
その前に、不倫ではなくなった陶子に、しんちゃんはもうあまり魅力を感じなくなっているのです。
陶子は、働くのが嫌いで、アルバイトもだるい。
前夫に離婚されたから、次に養って貰う人がしんちゃん。
こういう要領のいい女性、いますよね。
妊娠してから肉ばかり食べる陶子が、こわいしんちゃん。
しかし、しんちゃんは、幻を見ます。
幸せな赤ちゃんと陶子との三人の暮らし。
陶子のずる賢さはちょっと腹が立ちますが、私まで、何故かこれから先の三人の幸せを祈ってしまうのです。
サイガイホテル
主人公
- 生まれ育った街から逃げるように海外に逃亡してきた女性・佐々木玖美子。
感想
玖美子は、おばあちゃんっ子で、実家とおばあちゃんの家が近かったこともあり、小学生の頃から実家よりおばあちゃんの家にいることの方が多いという子供でした。
中学、高校も同じような生活が続き、大学に通う頃には、祖母の家に住むようになりました。
そんなある日、祖母が脳梗塞で倒れ、左半身に軽い障害が残ったときから、玖美子は出来るだけ遠い街へ逃げようと思い始めました。
私は、両親の介護をしていたのですが、父が50代でこの作品のおばあちゃんと同じ脳梗塞になりました。
私はずっと介助、介護をしてきましたが、逃げていった家族の気持ちが本作を読んで少し分かったような気がしました。
今まで頑張って働いてきてくれた父を放って、わざわざ遠い支社に配属願いを出す兄も、玖美子と同じ気持ちだったのではないかと思います。
冷たいとか恩知らずとか、そういうことでは片付けられない「恐怖」を感じていたのかもしれません。
この作品も、最後、ひどいことになってしまうのですが、何となくちょっと笑えるのです。
貧しい外国人の姑息でトリッキーな犯罪。
そして、最後の玖美子のダジャレ…。
本当に面白い連作短編集でした!
最後に
角田光代著「トリップ」の感想でした。
10の連作短編集は、順番に少しだけだったり、がっつりだったり、前の物語の登場人物たちが登場します。
短編ではありますが、長編小説としても楽しめる傑作です。
何気に居心地悪そうな主人公たちですが、その場に留まっているのも不思議におもしろくて哀しいのです。
今、あなたのいる場所が居心地悪いなと思ったら、本書を読んでみてください。
現在の人生の中に、あなたの居場所はきっとあります。
ぜひ、おすすめの一冊です!
以下の記事で、角田光代著「さがしもの」の感想を書いています。
よろしければ、併せてご覧になってみてください。
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