こんにちは。
はるき ゆかです。
昨日「検察側の罪人(上)(下)」読み終わりました。
「正義」とは、一体何なのでしょうか。
冤罪は決して許されることではありませんが、一方で大きな罪を犯しても逃げおおせた極悪人がいることも、人として決して納得することはできません。
「検察側の罪人(上)(下)」読書感想 はじめに
あらすじ
蒲田の老夫婦刺殺事件の容疑者の中に時効事件の重要参考人・松倉の名前を見つけた最上検事は、今度こそ法の裁きを受けさせるべく松倉を追い込んでいく。最上に心酔する若手検事の沖野は厳しい尋問で松倉を締め上げるが、最上の強引なやり方に疑問を抱くようになる。正義のあり方を根本から問う雫井ミステリー最高傑作!
[引用元]文春文庫「検察側の罪人(上)裏表紙より
23年前の時効事件の犯行は自供したが、老夫婦刺殺事件については頑として認めない松倉。検察側の判断が逮捕見送りに決しようとする寸前、新たな証拠が発見され松倉は逮捕された。しかし、どうしても松倉の犯行と確信できない沖野は、最上と袂を分かつ決意をする。慟哭のラストが胸を締めつける感動の巨編!
[引用元]文春文庫「検察側の罪人(下)裏表紙より
主要な登場人物
最上毅
東京地検の検事。学生時代に入寮していた北豊寮を営んでいた夫婦の娘・由季を妹のようにかわいがっていた。23年前、中学生だった由季は自宅で殺害された。犯人は捕まっていない。
沖野啓一郎
東京地検の最上の部下の新人検事。最上を尊敬している。元来、優しく正義感の強い人柄である。松倉重生の取り調べを担当するうち、犯人は別にいるのではないかと疑い始める。
松倉重生
蒲田の老夫婦殺害事件の容疑者。23年前に起こった女子中学生殺人事件(由季の事件)の重要参考人であり、時効後自白している。63歳でリサイクルショップのアルバイト店員。競馬好きで借金がある。
諏訪部利成
闇社会に関わるブローカー。物は売るが人は売らないが信条。最上に依頼され、拳銃を用立てた。
小田島誠司
蒲田の老夫婦殺人事件の国選弁護人。弁護士余りの時代に、弁護士になって三年目。事務員は妻で子供一人。
白川雄馬
人権派のベテラン弁護士。「白馬の騎士」「無罪職人」という異名を持つ。芸能人や政治家の弁護士もつとめる有名弁護士。マスコミをうまく利用し、世論を味方につけるというやり方で無罪を勝ち取る。一見、正義の味方のようで、お金のための「正義」。
橘沙穂
沖野検事の事務官。かなり優秀な事務官で、聡明な女性。沖野を心から信頼し、のちに沖野の恋人となる。
長浜光典
最上検事の事務官。寡黙で堅実な事務官。副検事になるべく勉強中。最後まで最上に忠実だった人。
前川直之
最上と大学の同期で、共に法律について学んだ弁護士。北豊寮にも住んでいた。お金に興味がなく、お金にならない刑事事件を好んで受け持つ。涙もろく、情に厚い人物。
丹野和樹
最上の大学時代の友人。元弁護士から与党立政党の政治家となった。大物政治家高島進の娘婿。闇献金問題で検察側から追い詰められ、自殺する。
水野比佐夫
「北豊寮」の最上の先輩。由季の事件を追うため、政治記者から週刊誌の契約記者となる。『週刊ジャパン』で蒲田の老夫婦殺人事件についての記事を書く。
小池孝昭
最上の大学時代の友人。大手の「三田村・ジェファーソン事務所」の弁護士。
高田憲市
23年前の女子中学生殺人事件発生当時、「北豊寮」の由季の部屋の真上に住んでいた人物。松倉重生の友人。松倉は高田の部屋に頻繁に遊びに来ていた。
都築和直
蒲田の老夫婦殺害事件の被害者。アパートの家賃収入があり、知人に金貸しをしていた。共に殺害された妻は晃子。
田名部管理官
警視庁捜査一課の管理官。23年前の由季の事件の捜査に当たっていた。
弓岡嗣郎
蒲田の老夫婦殺害事件の捜査中に、松倉重生以外に、容疑者として浮上してきた人物。殺害された老夫婦の夫・都築和直の競馬仲間。都築の借用書の中に、弓岡のものだけがなかった。
船木健介
『週刊平日』の記者。白川が「人権派」弁護士であることの宣伝に一役買っており、親しくしている。松倉の冤罪を暴く協力者。
蒲田老夫婦殺害事件と松倉
大田区蒲田で都築和直と妻・晃子が、自宅で刺殺されるという事件が起きます。
和直は、アパート経営をしており、趣味が競馬。
年金以外にもアパートの賃料などが入る和直は、競馬仲間に金貸しをしていました。
沖野は最上の指導の下、この事件の担当検事となりました。
事件は、競馬仲間に金貸しをしていた和直と借り主とのトラブルが原因ではないかとされています。
そして、その借り主の名前の中に、「松倉重生」の名前を見つけた最上は愕然とします。
松倉は、23年前に起きた女子中学生殺害事件の容疑者でしたが、既に時効。
この事件の被害者の少女は、最上が学生時代に下宿していた寮の娘・由季で、最上は妹のように可愛がっていました。
正義とは何なのか?
本作「検察側の罪人」は、本当の正義とは一体何なのだろうと誰もが考えさせられる小説だと思います。
法の元の「正義」
時効があった頃は、時効が成立したらどんな凶悪な犯罪を犯しても、刑に処されることなく自由の身になれました。
現在は刑事訴訟法改正により、殺人などの凶悪犯罪には時効はなくなりました。
しかし、法改正前に起こった事件については、そのまま時効が引き継がれていきます。
松倉重生は、根津女子中学生絞殺事件の犯人です。
この事件については、時効が成立したために「自白」しただけで、23年間もこんなひどい事件を起こしておきながら松倉は口を噤んでいたのです。
殺人事件の前にも、由季を一度河原で乱暴しようとして未遂。その後、友人の高田の家に遊びに行った際に、由季の部屋に忍び込み再度乱暴しようとしたときに、由季から激しい抵抗にあい、絞殺。
こんな鬼畜が時効だからといって許されるなど、認められません。
最上検事や事件記者の水野のように、松倉に何らかの罰を与えたいと思う気持ちは、本当によくわかります。
法律が許しても、世間は許さない。
時効は不要
もともと殺人の時効は15年でした。
それが25年に延長され、今では撤廃されました。
とても良いことだと思います。
特に、松倉のように身体も心も弱い女子中学生を二度も襲って、挙句の果て、二度目には絞殺してしまうなんて絶対に許せない。
さらに、松倉はこの事件の時効までの23年間、自分がどれだけ怯えて暮らしてきたかを述べるなど、まるで自分が被害者かのような言い様には、小説だとわかっていても吐き気がしました。
嘘をつき続けるとそれが「真実」になる人間
人間には、息を吐くように嘘をつく人がいます。
そして、初めは嘘であっても、それを繰り返し話すことでその嘘が『真実』になってしまう人がいます。
私の周りにも、何人かそういう人がいました。
松倉は、確かに蒲田の老夫婦殺人事件には関与していなかったかもしれません。
しかし、松倉はあろうことか根津の女子中学生殺人事件に関しても、無理やり警察に自白させられたことにして、それを真実のように記憶を書き換えてしまえる都合のいい脳みそを持っています。
冤罪は決して許されることではありませんが、何らかの形で松倉には罰を与えてほしい…と考えてしまっても当然です。
中学生の女の子の恐怖
由季は、初めに松倉に襲われたとき、河原で友人と写生していました。
友人が先に帰ることになり、一人で写生を続けていたときに、松倉に襲われました。
由季は、激しく抵抗した際に、内ももなどに傷を負っています。
しかし、両親に心配をかけたくなくて、自分で薬を買って、自分で手当していたのです。
このシーンを読んだときは、あまりにも可哀想で目が潤みました。
どれだけ怖かっただろうと。
そして、鬼畜と成り下がった松倉は、二度目に襲いかかったとき「今度は最後までやらせてくれるかもしれない」と思ったと言うのです。
クズは一生クズ
弁護士の白井雄馬は、イメージ戦略や錬金術に長けた人物だと思いますが、それも場合によっては「悪」です。
白井の作り話に乗っかるクズ
松倉は、時効だからと、根津の事件については事細かに自供をしました。
犯人しか知り得ない事も含めて、もうこの罪で裁かれることはないとわかって気が緩んでしまったようです。
蒲田の老夫婦の事件が冤罪であることが証明されたら、白井弁護士に「根津の事件も警察に無理やり自白させられたことにしましょう」と入れ知恵されて、松倉はその作り話に乗っかって「やってない」と言い出すクズです。
しかし、松倉のクズっぷりに輪をかけたのは、白井弁護士です。
「無罪職人」「白馬の騎士」が聞いて呆れます。
結局クズは一生クズ
時効になった事件だけでも、自白通り認めれば、まだ救いもありました。
しかし、結局クズは一生クズのまま。
おそらく、弓岡のように飲み屋で武勇伝的に「あれは本当は俺がやったんだけど時効になったんだ」とかなんとか言いそうです。
結局、クズは一生クズのまま終わっていくのでしょう。
こういったことから観ると、原作の終わり方より映画の終わり方のほうが胸がすく思いがしますが…。
以下はネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。
冤罪は決してあってはならないけれど…
最上は、「北豊寮」で過ごしていた頃、由季をとても可愛がっていました。
そして、現在、最上には自分にも娘がいて、娘にいつも「お前は恵まれている」と言っています。
そこには、由季のように中学生で命を奪われた子に比べて…という気持ちがあったのだと思います。
最上のやったことは間違っていたが…
最上は、蒲田の老夫婦殺害事件の重要参考人の中に松倉重生の名前を見つけたとき、この名前をどこかで見た気がしました。
そして、それが由季の事件のときの容疑者であったことを思い出すのです。
しかし、由季の事件は既に時効を迎えていました。
それでも、その事件について自白させ、松倉重生が根津女子中学生殺人事件の犯人だと確認しました。
そこから、別の有力な容疑者が現れても、最上は沖野に松倉の取り調べも厳しく続けるように指示します。
最上は、松倉から老夫婦殺人事件の自白を、何とかして取ろうとしていたのです。
沖野はそんな最上の方針に納得がいきません。
沖野は初めから借用書のない弓岡が怪しいと思っていたのです。
最上がやったことは、故意に冤罪を作ろうとした行為であり、許されることではありません。
それは最上自身が誰よりもわかっていたことだと思います。
それでも、最上は自分を抑えることが出来なかったのです。
もう後戻りできない
最上は、ある日、検事という法の番人が決して越えてはいけないラインを越えてしまいます。
松倉を蒲田の老夫婦殺害事件の犯人に仕立てるために、諏訪部に拳銃を用立ててもらい、有力な容疑者である弓岡を殺害します。
最上は、弓岡から凶器を受け取り、このまま逃してやると嘘をつきます。
松倉に罪を着せると、また一人弓岡という犯罪者を野に放つことになります。
そのため、弓岡を殺害するに至ったのです。
これは、検事であるからこその「殺人」だったのかもしれません。
最上は、これでもう後戻りできなくなりました。
このシーンを読んでいるとき、とても複雑なモヤモヤした気持ちになりました。
最上がやっていることは許されないことと思いながらも、どこかでどうにか松倉に罰を与えてほしいと思う、私自身の気持ちに自分で戸惑ってしまうほど…。
沖野の叫び
沖野は、尊敬していた最上に不信感を抱き、正義とは何なのかがわからなくなり、検事を辞めます。
そして、自分自身の信じる「正義」を貫くために、元「松倉を取調べした検事」として、「週刊平日」の記者・船木に告発記事を書いてもらうことにしました。
今まで沖野が知った事柄をつなげていくと、最上がやったことが、沖野の中で浮かび上がってきます。
松倉を犯人に仕立て上げるために、弓岡を殺害し、証拠をでっち上げたこと。
あの尊敬していた最上が…。
その記事をきっかけに最上の罪は暴かれていくのです。
映画との違い
少し前に、本作「検察側の罪人」の映画を観ました。
映画と原作には、違う点がかなりありました。
- 映画では橘沙穂に裏の顔がある(ノンフィクションライターだった)
- 白川雄馬の人物像
- 諏訪部利成の役割が映画の方が大きい
- 松倉の最後
- 最上の最後
他、細かなディテールなども少しづつ違っています。
映画は映画でエンターテインメントとして面白かったのですが、原作はもっと深い部分で「正義」「法律」「冤罪」などについて考えさせられました。
そして、結末は映画より原作の方が、より最上の苦しみや空しさ悲しみを感じることが出来ます。
混乱する沖野の気持ちも。
そして、先日亡くなった芦名星さんが、すごくかっこいい「運び屋の女」を演じられていたのですが、原作にその女性は登場しませんでした。
芦名星さんの出演シーンは少なかったのですが、とても印象に残ったキャストでした。
大袈裟でもなく、亡くなったから言うのでもなく、この役は芦名星さん以外には出来ない役だったと思いました。
以下の記事で、映画「検察側の罪人」の感想を書いています。
よろしければ、併せてご覧になってみてください。
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最後に
雫井脩介著「検察側の罪人」の感想でした。
映画でも原作でも、シチュエーションは違いますが、沖野が最後に「うおおおおおおおおおお」と叫ぶのですが、この気持、すごくよくわかります。
本当に「正義」って何なんだ!と、混乱して叫びだしたくなると思います。
特に原作は、沖野がどうにかなってしまうのではないかと思うくらいの叫びです。
後半は、ネタバレで感想を書きましたが、私の感想くらいで本書の感動は薄らぐことは決してありません。
最上が罪を犯すシーン、松倉のクズっぷり、「正義」の名のもとに行われる錬金術、最後の沖野の叫び…。
本当に素晴らしい小説です。
余韻が残って、しばらく本気で「正義」について考えさせられます。
ぜひ、おすすめの作品です!