『通天閣』感想 著者 西加奈子|愛情たっぷりな阿呆のように

こんにちは。

はるき ゆかです。

 

昨日の夜、西加奈子著「通天閣」読み終わりました。

通天閣近辺で暮らす二人の男女が主人公。

笑いと哀しみ、切なさとあたたかさたっぷりの長編小説です。

「通天閣」あらすじ

主人公は、通天閣の近くに住む二人の男女。

 

エアコンが壊れているあるマンション一室で暮らす40代の独身男性とニューヨークに映像作家になるべく留学中の彼氏を待つ20代半ばから後半あたりの女性。

 

男性は、何かにいつも不満を感じつつも「ライト兄弟」という名の100円ショップの商品を組み立てる仕事を行っている。

「大将」という中華料理店の塩焼きそばが何となく好きで、時の止まった(止めた)時計をコレクションしている。

 

女性は、大好きな彼氏と同棲中で花屋の店員だったが、映像作家を目指す彼氏「マメ」は突然3年間もニューヨークへ留学することになった。

不安に押しつぶされそうになりながらも、彼を待つことにした。

彼氏が旅立ったことで生活のために花屋の店員から場末のスナックの黒服に転職する。

 

この二人の生活が、交互に描かれていく。

互いに通天閣界隈に住み、働いてはいるが、二人に接点はない…ようだったが…。

通天閣界隈の哀しくおもろい人々

西加奈子氏の作品は、関西人というか大阪人以外の人にこのニュアンスは伝わっているのかとときどき不安になることがあります。

私も大阪人ですが、通天閣には子供の頃、東京から遊びに来ていた従兄弟たちと一度行ったっきりです。

どちらかというと東京タワーに登った方が回数的には多いかも。

まあ、そんなものでしょう。

 

通天閣の近くには、串カツ「だるま」という絶品の串カツやさんがあって、とても有名です。

かつては、通天閣界隈は、昼間からお酒を飲んでブラブラしてるおっさんとか怪しげな人たちがたくさんいるイメージでしたが、今は観光地となっているのでそんなことはありません。

 

本書の中には、通天閣界隈で生活するちょっと変わった人々がたくさん登場します。

 

女性主人公が勤めるスナックは、特にいろんな意味で「すごいホステス」がたくさん出てきます。

私はこの中では異様に声が小さいママが好きです。

本書を読んでいただければ、きっと共感していただけると思います。

 

一方、男性主人公は人生をあきらめきった44歳で、小さな町工場で働く中年男性です。

かつて、7つ年上の子連れの女性と結婚していましたが、今は独り身です。

しかし、彼はその女性と子供を愛していたのです。

そして、今も尚、なぜもっとちゃんと愛せなかったのかを考え続けています。

 

女性主人公には、母親だけがいて殆ど交流を持っていませんが、ときどき電話で話します。

彼女の名前には「雪」という文字が入っていて、それは雪の日に生まれたからです。

彼女の映像作家志望の彼氏「マメ」は、ちょっと残酷な人です。

本書の中で泣きそうになるシーンはいくつか出てくるのですが、マメの言い草はちょっとひどいです。

彼女は「私たちは別れたわけではない」と言い聞かせ、場末のぼったくりバー「サーディン」で嫌気がさしながらも職務を全うしていたのに…。

夢がないとダメなのか、輝いていないとダメなのか…。

 

こう書くと、とても悲惨なストーリーのようですが、そんなことはありません。

何度も「ぷぷっ」となる空気が全編に流れています。

 

本書のラスト近くにある事件が起こり、それと共にある「事実」を気づかされるシーンがあって、人間っていいなぁと思わせてくれます。

阿呆のように

本書の中には「阿呆のように」というフレーズがたくさん出てきます。

それは、「ものすごく」という意味で使われているのですが、大阪人の阿呆は、人を貶める意味で使うことはないので、本書の「阿呆のように」には愛が含まれています。

一見、悪口のようでその裏に隠された愛を感じることができるのです。

 

本書は、「おもろくて哀しくてイライラするけどけれど世界はそんな悪いものではない」と思わせてくれます。

 

西加奈子氏の作品は、まだ今回で4作目なのですが、私が読んだ作品には必ずいつも「救い」がありました。

本書もまさにそうです。

 

主人公の男女は、おそらくこれから先、出会うことはないのかもしれませんが、二人の心に接点があることは確かです。

夢や目標、輝きって一体何だろう。

「阿呆のように」日々を懸命に生きることではダメなのか。

それでも人は生きて行くのです。

最後に

西加奈子著「通天閣」の感想でした。

西氏の作品は、「何で泣いてんのかわからん」ところで涙が出ます。

本書も、そうでした。

とにかく、おすすめの一冊です。