『その日のまえに』感想 著者 重松清|いつか誰にも訪れる「その日」

こんにちは。

はるき ゆかです。

昨日、重松清著「その日のまえに」読み終わりました。

7つの短編からなる連作小説です。

1つづつの物語のその後が、他の物語の中にどこでつながっているのを確かめながら読むことができる心があたたまる小説集です。

ひこうき雲

あらすじ

クラスの岩本隆子こと「がんりゅう」が病気で入院したという。それも、重い病気のようだった。

がんりゅうは、いつも怒っていて、人の失敗もずけずけと責め立て、人を泣かせる。

クラスでは好かれているとは言い難い存在だった。

そんな「がんりゅう」が命にかかわる病気になったので、クラスで寄せ書きをして送ろうということになったのだが…。

感想

子供が亡くなるのは悲しいことです。

しかし、クラスメイトたちは、あまり好かれていなかった子の死を、はっきりと悲しいと感じているわけではないのに悲しいふりをすることの方に、罪悪感を感じています。

「がんりゅう」が、亡くなったことは本作の中で明言はされていませんが、一回目の手術が成功したら二回目の手術をすることになっていた「がんりゅう」。

二回目の手術をしたかどうかも「がんりゅう」のかかった病名さえも、担任の山本先生は教えてくれませんでした…。

本作は、松任谷由実さんの「ひこうき雲」という曲がありますが、そのオマージュといえる作品なのではないでしょうか。

朝日のあたる家

あらすじ

高校教師の「ぷくさん」は、体力づくりのために、毎朝ジョギングをしている。そんなぷくさんは、一人娘の明日奈と二人で暮らしている。

ぷくさんの夫は亡くなって8年になる。

ある日の朝、ぷくさんはかつての教え子・武口修太に出会う。フリーターをしながら、カメラマンを目指しているという。

武口は、同級生だった入江睦美ことイリエムがぷくさんと同じマンションに住んでいると教えてくれた。

イリエムは、大人しくて無口な子だったが、ぷくさんが担任をしていた頃、万引で補導されたことがあって…。

イリエムは既婚者だったが、修太との間にある秘密があった。

感想

それぞれが、人生の中で背負っているものがあります。

朝日を浴びることは、普通なら気持ちの良いものだけれど、それが辛い一日の始まりとして決してうれしいものではない人もいて…。

DVや依存症…その苦しみから救ってくれる人が現れて、初めて朝日を浴びることに幸せを感じることが出来ます。

イリエムと修太は、その後、幸せになったのだと思わせてくれる予感が、後に続く物語に出てきます。

それが、どこなのかを見つけてみてください。

潮騒

あらすじ

俊治は、このところ体調が悪く、受けていた精密検査の結果を、今日聞いた。そして、三か月の余命宣告を受ける。

そして、そのまま会社を半休とり、少年時代のある時期を過ごした海辺の街を目指す。

俊治は、小学生の頃、この海で友人「オカちゃん」を亡くしていた。

そして、その責任の一端は自分にあったかもしれないと今も思っている。

そして、俊治は、余命宣告を受けたその足で、その海辺の街を訪れ、その頃の同級生・石川を訪ねて…。

感想

突然の余命宣告。

妻子もおり、仕事もあり、どうして俺なんだ?と思う気持ちはとてもよくわかります。

そして、人は余命宣告をされたら、まずどんなことを考えるのだろう…と思います。

現在の生活のことはもちろんですが、ずっと心にあった後悔を確かめに行くのかもしれません。

修治は、「でめきん」こと石川に会えて、本当に良かったと思います。

健康なうちは、日々の忙しさに紛れて忘れていた過去の後悔も、気休めと言ってしまえば身もふたもありませんが、あと3か月しか生きられないかもしれないとなったとき、ずっと気になっていたことを謝りたい…と思うものなのかもしれません。

ヒア・カムズ・ザ・サン

あらすじ

母ちゃんと高校生のトシくんは、母一人子一人の母子家庭である。父親はトシくんが赤ちゃんの頃に、交通事故で亡くなっている。

そのため母ちゃんが、高級化粧品の訪問販売で生計を立てている。

そんな母ちゃんは、このところ体調が悪く、精密検査を受けたようだ。

そんな中、母ちゃんはあるストリートミューシャン・カオルくんに夢中になって…。

感想

本書の中で、私が一番好きだった作品です。

トシくんと母ちゃんは、お互いにとても愛情を持って暮らしています。

高校生の男の子独特の憎まれ口をたたきながらも、母ちゃんが大好きなトシくん。

母ちゃんはトシくんが大人になるまで、絶対に頑張るつもりでいたのに、突然の病の宣告に戸惑いながらも明るく最後まで生きようとします。

二人っきりの家族。

きっと心の中では、大人になったら母ちゃんに親孝行したかったはずのトシくん。

彼には目標ができ、これからも明るく生きていくであろう未来がこのあとの三作品の中で描かれているのがうれしくなります。

とにかく、泣けます。

その日のまえに

あらすじ

これから以下の三作品は、連作である。

一つ目は「その日」のまえの家族の戸惑いの物語。

「僕」の妻の和美は末期がんです。少しでも元気があるうちに、新婚時代に住んでいたある街を訪ねることにした二人。結婚当初、僕は無職だった。和美は同僚だった。僕はイラストレーターの夢を捨てきれず、アルバイトで生計を立てていた。

しかし、僕は少しづつイラストレーターとしての仕事が増え、幸運にも大きな仕事を任せてもらえるようになり、今では人を雇ってデザイン事務所を持つことも出来ている。

そんな中での和美の発病だった…。

感想

表題作の「その日のまえに」です。

海辺の街での2人の生活は、貧しくも幸せだったのだなと思います。

様々な思い出があり、楽しそうにその思い出をたどる二人。

「マーケット」「駅長くん」「新町しらゆり通り」「二人で組み立てた家具」…。

ここでも、明日を断ち切られることで思い出をたどることになるのです。

しかし、思い出をたどることは、いつか来る「その日」の準備をすることでもあり、新しい出発でもありました。

その日

あらすじ

「その日」は、もういつ来ても不思議ではなかった。

僕と和美には、大輔と健哉という二人の息子がいる。二人には和美の病気については知らせていなかった。

「その日」は近づいて来ている。

僕は和美の死について話さなければならない日がやってきて…。

感想

和美の容態は少しづつ死へ向かっていきます。

「その日」は、やってきたのです。

家族の家には、和美がそこに確かに生きていたたくさんの痕跡が残っています。

なぜ、和美だったのか。

世の中にはたくさんの家族がいるのに、なぜ、自分たちの母親だったのか…。

そして、和美は、僕と一緒になって幸せだったのか。

息子たちの嘆き、年老いた両親の涙…。

大切な人を失うことは、悲しいという言葉だけでは到底足りないものです。

その日のあとで

あらすじ

その日のあとの物語。

僕は、しばらくの間、何をしても心が重かった。

しかし、少しづつ少しづつ、和美のことを忘れて日常を生き始めていた頃に、和美から託された手紙を看護師の山本さんから受け取って…。

感想

僕と和美は、和美が亡くなる日のことを「その日」と呼んでいました。

ある意味、余命を知らされることは幸せなことなのかもしれません。

「その日」は、いつか誰にも訪れます。

そして、「その日」とは、亡くなった日のことを言うのではなく、少しづつ亡くなった人のことを忘れ、残されたものが前を向いて歩いて行けるようになった日のことなのかもしれません。

そして、「その日」のことを、人は少しづつ忘れていきますが、いつでも「その日」を思い出すことが出来るのです。

その日のまえに 最後に

重松清著「その日のまえに」の感想でした。

私自身も、肉親の死に何度かあっています。

確かに、「その日」のことは少しづつ忘れて徐々にいつもの日常が始まりましたが、いつでも思い出すことが出来ます。

消えてなくなってしまうことは、決してないのです。

悲しいけれど、心があたたかくなる一冊です。