「紙の月」読書感想 著者 角田光代|お金がお金に見えなくなったら

こんにちは。

はるき ゆかです。

一昨日の夜、角田光代著「紙の月」読み終わりました。

改めて、お金について深く考える機会をもらえた本です。

梨花が一億円ものお金を横領した理由とは__。

「紙の月」 あらすじ

ただ好きで、ただ会いたいだけだった__わかば銀行の支店から一億円が横領された。容疑者は、梅澤梨花四十一歳。二十五歳で結婚し専業主婦になったが、子どもには恵まれず、銀行でパート勤めを始めた。真面目な働きぶりで契約社員になった梨花。そんなある日、顧客の孫である大学生の光太に出会うのだった……。あまりにもスリリングで、狂おしいまでに切実な、傑作長編小説。

[引用元]ハルキ文庫「紙の月」裏表紙より

本書のプロローグは、梨花がタイのチェンマイに逃亡してきたところから始まります。

「紙の月」は、1~6章までの構成で、主人公・梅澤梨花、梨花の高校時代の友人・岡崎木綿子、梨花のかつての恋人・山田和貴、料理教室で知り合った友人・中条亜紀の四人の人物の視点から描かれています。

それぞれが、日々の中で「お金」について悩みを持っています。

吉田大八監督、宮沢りえ主演で映画化もされており、実際に起こった事件を元に描かれているのではないかと言われています。

梅澤梨花と夫・正文

フランス料理

梨花は、子供の頃、とても裕福な家で育ちました。

しかし、それが当たり前で、特に意識したことがありませんでした。

そのくらい、お金に関して無関心だったのです。

高校時代の友人・岡崎木綿子の回想シーンで、梨花がどれだけ正義感が強く、ボランティア活動に熱心であったかがわかります。

梨花は二十五歳で正文と結婚し、専業主婦になりました。

普通に生活していく分には、何不自由のない生活でした。

正文は優しく、梨花が体調が悪いときにも労りの言葉をかけてくれます。

梨花は子供が欲しいと思っているのですが、なかなかうまくいきません。

正文も子供が欲しいと言っているのですが、梨花に触れようともせず、言っていることと行動が伴っていません。

料理教室で知り合った中条亜紀が、梨花に仕事を始めてみてはどうかといいます。

梨花は独身時代にカード会社で働いていたので、いくつか求人をみてみるのですが、結局、前職と近い仕事である銀行のパートタイマーとして働くことになります。

梨花は十分に美しく、資産家で暇を持て余す高齢者の相手も嫌がらずにでき、丁寧で真面目な仕事ぶりで、しばらく働いたのち契約社員に登用されます。

ときどき実際に起こる女子銀行員の横領事件の犯人も、周囲から「美人で、仕事が出来て、真面目な人」と言われることが多いです。

梨花も、まさにそういうタイプの人です。

梨花が仕事を始めて、たまには正文にもごちそうしたいと思うと、正文は機嫌が悪くなることもなく梨花にごちそうになります。

しかし、次に外食するときは、梨花にごちそうになったお店より高級なお店を選んだり、ふとした瞬間に、怒ったり不機嫌になることなく、梨花が後から考えると「え?」と思うような微かな、しかしはっきりと「嫌味」を言います。

もっとはっきり不機嫌になってくれれば、梨花もまた違った行動が取れたはずなのに…。

「笑いながら怒る夫」ほど扱いにくいことはないですね。

それでも梨花は、もともと裕福なお家のお嬢様だったこともあり、正文の悪意の空気をまとった言動に対しても、ただ「違和感」を感じるだけにとどまっています。

梨花と正文は、一戸建てを購入しており、住宅ローンはありますが、子供に手がかかることもありません。

しかし、正文の本心は、梨花のパート代の月に10万円ほどの収入で少し贅沢をしたり、住宅ローンの繰り上げ返済をしたりすることを、素直に受け入れられないのです。

そして、梨花はいつも正文に気を使っています。

梨花にとっては、息の詰まるような結婚生活だったにちがいありません。

そんな梨花が、なぜ一億円ものお金を横領することができたのでしょうか。

梨花が横領した理由

梨花の担当顧客に、平林孝三という一人暮らしの老人がいます。

美しい梨花を、食事やお茶に誘ったりするので、梨花はいつも困っています。

しかし、孝三は、大口の定期預金や他行に預けていたものも、全部梨花の銀行にまとめてくれたりする上顧客なのです。

ある日、孝三の家を訪ねていた梨花は、いつもは一人の孝三の家に、他の人の気配を感じます。

それが、孝三の孫の光太でした。

光太は東京の名門大学に通っている大学生です。

光太の父親は、二年ほど前に会社をリストラされ、現在裁判中で、光太の大学の学費を出すことも苦しい状態。

それなのに、孝三は、まるで守銭奴のようで、孫の光太が学費に困っているというのに、お金を出してくれることもありません。

お金持ちの祖父母は、一般的には孫に湯水のごとくお金を使うというイメージですが、孝三は一切そんなことはしないのです。

この日、光太は本気か冗談か、孝三の通帳と印鑑を盗むつもりだったというのでした。

さらに、光太は大学で映画研究会に所属していて、自主製作映画を作っているので、お金が必要なのです。

そんなある日、梨花は偶然、街中で光太と出会います。

梨花は、夫からほとんど無視された状態で空虚な日々を送っていたので、光太が映画についてキラキラした目で語るのを聞くと心が浮き立つようでした。

光太は梨花に、自分の映画に出てほしいといいます。

まさか、自分が…と戸惑いますが、梨花にはとてもうれしいことだったはずです。

そこから、梨花と光太は、どんどん深い関係となっていくのでした。

梨花は光太の借金を清算してやり、高級ホテルのスイートルームに一緒に泊まり、最終的には家賃28万円のマンションを光太のために借りるのでした。

若い光太の気持ちをつなぎとめるために、エステやネイルサロンなど自分磨きにも多額のお金を使います。

その頃、梨花はパートタイマーから契約社員になっていましたが、梨花の収入だけでそんなことができるわけがないのです。

そして、梨花は銀行のお金を「借りる」ことになります。

最終的には、もうどのくらいの額を「借りる」ことになってしまっているのか、梨花自身にもわからない額になっていきます。

このあたりの描写は、私まで読んでいて胃が痛くなるほどの緊迫感でした。

そして、お決まりの通り、梨花に夢中だった光太には、若い恋人ができ、梨花との贅沢な生活から解放してほしいと泣くのでした。

梨花は、いつしか、光太をお金で縛り付けていたのです。

梨花が一億円ものお金を横領したのは、夫・正文の嫌味な性格のせいだと私は感じました。

ちっぽけなプライドのために、梨花を傷つけ、気を遣わせ、嫌味を言い続け、梨花に一切触れることもなく…。

もちろん、横領したのは梨花自身です。

しかし、そうさせた火種を作ったのは、正文です。

お金って一体何なのだろうか

本書の四人の登場人物は、みな、お金について悩みがあります。

岡崎木綿子は、日々、節約して生活しています。

梨花の高校の同級生なので、それほど貧しいわけではないのですが、子供にもお金にだらしなくならないように、欲しがるものを何でも買い与えるようなことはしません。

そんなある日、娘が子供用の化粧品を万引きしてしまい…。

そして、あの真面目で正義感の強かった梨花がなぜ横領をしたのか…に思いを馳せます。

お料理教室で知り合った雑誌編集者の中条亜紀は、離婚して一人で暮らしをしています。

亜紀には、沙織という一人の娘がいますが、親権は夫に取られてしまいました。

会いたいときには会えるのですが、沙織は何か買ってほしいときにしか亜紀に連絡をしてくることがありません。

亜紀は、沙織にとって、友達みたいにカッコいいお母さんでいたくて、カードでためらいもなく洋服を購入します。

そうすることで、亜紀は気分が高揚するのですが、これはもう買い物依存症と言えると思います。

亜紀は聡明な女性なので、今は、ぎりぎりで踏みとどまっていますが…。

梨花の元彼の山田和貴の妻・牧子は、裕福な家で育った女性です。

牧子は、自分たちの子供にも、自分が親にしてもらったような暮らしをさせてやりたいと思っていますが、和貴は、普通のサラリーマンなので、そうもいかないのです。

牧子は生活の不満から、いつも機嫌が悪く、少しアル中に近い状態になっており、和貴は家に帰るのが億劫になり始めていました。

ある日、牧子が上機嫌で帰宅した日がありました。

母に買ってもらったと、たくさんの買い物をして帰宅したのですが、それは嘘でした。

カードで買い物をしていたのです。

気づいた時には、高額の借金ができ、和貴は「お金の価値観が違いすぎる」と、牧子と離婚することになります。

このときに和貴が牧子に言った言葉は…

「きみのいう不自由とかゆたかっていうのは、どうしたってお金でしかはかれないもんなのか。これがあるからこの子たちは幸せだって言えるものを、お金じゃなくて、品物じゃなくて、おれたちが与えることは無理なのか」(本文より引用 p.330)

この和貴の言葉が、本書のすべてを物語っているようです。

最後に

角田光代著「紙の月」の感想でした。

こんなに深くお金について考えたことは、今までありませんでした。

お金を介在してしか繋がれない関係の、なんて空しいことか。

そして、梨花は、横領を続けながらも、単身赴任から戻った正文と日々を暮らす中で、「誰か止めて」と心の中で叫んでいます。

タイに逃亡した梨花に、最後のときが来ます。

「私をここから連れ出してください」(本文より引用 p.348)

梨花の最後の言葉は、奇しくも、光太が梨花に最後に言ったのと同じ言葉でした。

そして、梨花の最後に、私まで、ホッとした気持ちになりました。

胃が痛くなるほど緊迫感がありますが、ぜひおすすめの一冊です。

お金が敵(かたき)の世の中を、渡っていくすべての人に。