『魔王』感想 著者 伊坂幸太郎|世の中の流れを変えられなくとも

こんにちは。

はるき ゆかです。

 

先ほど、伊坂幸太郎著『魔王』読み終わりました。

本書は表題作の「魔王」とその5年後の「呼吸」の二編で構成されています。

「魔王」は兄の安藤の視点から、「呼吸」は安藤の弟・潤也の恋人(のちに妻)・詩織の視点で描かれています。

「魔王」あらすじ

魔王

安藤は幼い頃両親を事故で亡くし、弟の潤也と二人で暮らしている。

安藤はある日、自分に特殊な能力があることに気づく。

自分が心の中で念じた言葉を、他者にそのまま喋らせることが出来るという不思議な能力だった。

安藤はその自分の能力を「腹話術」と名付け、その能力を確信するために実験を繰り返す。

 

ある日、安藤は会社の同僚の満智子に誘われ、ロックバンドのライブに出かける。

そこでも「腹話術」を試してみるのだが、うまくいった。

ふと視線を感じ、そちらを見ると行きつけのバー「ドゥーチェ」のマスターがいて…。

呼吸

「魔王」から5年後の世界。

弟の潤也は恋人だった詩織と結婚し、今は東京を離れて仙台で暮らしている。

 

潤也は猛禽類の観察の仕事をしている。

のどかで静かな二人の日常生活。

 

潤也はじゃんけんがめっぽう強い。というより、じゃんけんに負けることがない。

潤也にも、兄と同じように特殊な能力があり、ある日、潤也もそれに気づく。

 

「魔王」で、兄は鳥になって空を飛ぶ夢を見る。

「呼吸」で、弟は鳥を下から見上げる仕事をしている。

病による妄想なのか超能力なのか

暗い森

安藤の特殊な能力は、本当に超能力と呼ばれる不思議な能力だったのでしょうか。

彼は、脳の病に侵されており、その病が見せていた妄想だったのか…。

それとも、その能力を酷使することで病を発症したのか…。

はっきりとした結末は語られていませんが、安藤が時代の流れに立ち向かおうとしていたことは確かです。

 

どちらの物語にも「犬養」という政治家が登場します。

「魔王」ではすい星のごとく現れた39歳の若手政治家で、5年後の「呼吸」では首相となっています。

犬養が首相になっているということは、まだ世の中の流れを変えることが出来ていないということを意味します。

 

犬養は、とてもカリスマ性の高い人物として描かれています。

世の中の流れは、犬養の思い通りに動いているように見えます。

 

潤也が持つ特殊な能力で、彼は兄の成し得なかった「世の中を変える」ことが出来るのでしょうか。

世の中の流れを変えられなくとも

著者は、あとがきの中で

この物語の中には、ファシズムや憲法、国民投票などが出てきますが、それらはテーマではなく、そういったことに関する特定のメッセージも含んでいません。登場するできごとやニュース、政治的な事(と見える部分)も全部、著者の乏しい知識と想像力で作られたものです。

と、語っています。

しかし、本書から何かメッセージを感じるのは私だけではないと思います。

 

スイカの種並び、イナゴの大群、軍隊蟻の行進…にも。

 

行きつけの「バー・ドゥーチェ」…ドゥーチェとは指導者という意味。

そして、ムッソリーニはドゥーチェと呼ばれていたそうです。

 

本書の中で、私が一番心に刺さったのが、詩織の同僚・蜜代の言葉です。

以下に、要約します。

ムッソリーニが恋人のクラレッタと共に処刑されたときの話。

群衆が、その死体に唾を吐いたり、叩いたりして…。

そのうちに、死体が逆さに吊るされてしまう。

そうするとクラレッタのスカートがめくれてしまい、群衆は、大喜び。

しかし、そのとき、一人の人が、梯子に登ってクラレッタのスカートをもとに戻し、自分のベルトで縛って下着が見えないようにしてあげた。

というエピソードです。

そして、時代の流れを止めることが出来なくとも、そのベルトでスカートを止めた人くらいにはなりたい…と。

最後に

伊坂幸太郎著『魔王』の感想でした。

本書は、伊坂氏らしい軽妙な会話は楽しめますが、はっきりした結末がなく…そこが他の作品と少し違った趣の作品です。

読後、物語の中からそれぞれの解釈が出来る作品として、私は大好きです。

 


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